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鈴木則文(すずきのりぶみ)監督
● 1933年、静岡県に生まれる。54年に東映京都撮影所に助監督として入社する。
● 様々な監督の下につくが、なかでも加藤泰監督に大きな影響を受ける。65年、藤田まこと主演『大阪ど根性物語・どえらい奴』で監督デビューを果たす。68年から藤純子主演『緋牡丹博徒』シリーズの脚本を担当し、“緋牡丹のお竜”という日本初の女やくざのキャラクターを生み出し、第2作『緋牡丹博徒 一宿一飯』では監督を担当する。69年から菅原文太主演『関東テキヤ一家』シリーズを監督し、71年ごろからは『温泉スッポン芸者』などの東映ポルノ路線の作品を監督する。『女番長ブルース』シリーズ、『女番長』シリーズ、『恐怖女子高校』シリーズなどスケ番物を多数監督する。一連のこの路線では74年の多岐川裕美主演『聖獣学園』が傑作として名高く、ヨーロッパやアメリカなど海外ではカルトとなっている。
● 75年からの『トラック野郎』シリーズは全10作品が製作された大ヒットシリーズ。作品としても、このシリーズはこれまでのあらゆる鈴木作品の要素、すなわち娯楽映画の要素がふんだんに盛り込まれた日本映画の傑作シリーズといえる。
● 81年からは真田広之主演『忍者武芸帖 百地三太夫』、『伊賀のカバ丸』などアクション・コメディ、84年の『パンツの穴』はティーン向けお色気コメディの傑作。87年、安部譲二原作の『塀の中のプレイボール』を映画化、89年の筒井康隆原作『文学賞殺人事件・大いなる助走』は数ある筒井原作映画の中でも一番の出来といわれている。「一部で無思想無節操の職人監督の典型との評があるが、それが何よりの褒め言葉」とはご本人の弁(金沢21世紀美術館より)
● 90年には若松孝二プロデュースの『びんばりハイスクール』で監督を務め、これが最後の映画監督作品となった。
● 2014年5月15日、脳室内出血のため死去。80歳没。

【作品紹介】
女番長(スケバン)ゲリラ Girl Boss Guerilla(1972)
女番長(スケバン)GIRL BOSS REVENGE(1973)


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2014.05.19 Mon l 日本映画 (ア - ナ) l top
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